【無知の知】選挙に行っても意味がない?根拠のないその決断で個人の豊かさから遠退く【絶好の鴨】

こんにちは、書川(カキカワ)です。
今期の都知事選候補者は少しばかり、いや相当激しいという印象。

見た目やメディアによる印象などのバイアスをかけず、候補者に投票したい。

誰に投票してもおんなじだよ。」という大事な一票の価値に希望を見いだせていない。民主主義に参画していない意思表示。

みんなが〇〇を指示しているから、その人に投票しよう。」という人任せで有権者である責任の放棄。

選挙が始まると、そう言わないとすまない人がいるのか。

ゼンマイ式でこのような言葉を発言するように仕組まれているのか。

ただ、無責任だな。とは思う。

それでも、これも、個人の自由。

干渉してはいけないし、自分が反応しなければ良いだけなんだけど。

周りにいる人間として近くにいて欲しくないのが本音であり、

できれば自分の世界からシャットアウトしたい。

確かに1人の力では世界は変わらないけど、毎回のように無投票者は有権者の2人に1人ということは周知の事実。

ここで言いたいのは、選挙に行こう。ということではなく、行政や社会の仕組みに興味関心がないと自分の身を守れないんじゃない?ということ。

国民のみんなが苦労する。というよりは、興味関心がなく理解しようとしない人は苦労していると思う。

マイナンバーが登場した時は脊髄反射で不満をぶちまけるような人がいて、日頃から社会に不満を持つ人は、何しても気に入らないって言うもんだなぁと感想が出てきたものだ。

それから約10年が経つけど、今でも不満に塗れているのだろうか。想像するだけで鳥肌が立つ。生産性が極めて低いのではないだろうか。

人生100年時代。社会のシステムを上手く使いこなす応用力がないと、もしくは使いこなすためのお勉強をしないと、それはそれは生き辛い世の中に成り変わると考えている。

今年もいよいよ始まった都知事選。ポストに入れられた「東京都知事選挙 選挙公報」を見てすぐに投票したい人を絞る。

正直、3分の1にあたる候補者は太くて大きな目立つ文字で記されているワードを見るだけで、投票に値しないと判断する事ができた。

誰かが、ではなく、自分が生きやすくなる社会を代弁する方に投票したいから、共感出来ないなら候補から外せば良い。

期日前投票の会場には、若年層が目立った。

選挙公報だけでは、決断出来るほどのインサイトは少ない。

気になる候補者の政見放送のアーカイブを見たり、民営企業が作成した公開質問表の回答を見たりする事で、今回の投票する人を決定した。

民営企業の作成した公開質問表に回答する言葉の選び方や物事の捉え方はとても参考になった。

民営企業の質問にさえ真面目に答えていない、もしくは答えられない候補者がこれからの都政に向き合える訳が無いじゃないか。

作成された質問集のレベル感が低く時間を裂くのさえ馬鹿馬鹿しいと判断していたのなら話は別だが、そうとは思えなえなかった。

仕事終わりの19時過ぎに期日前投票の指定された会場に到着すると、僕と同じ年代の方だけでも5、6人がすでに投票会場に到着しており、タイミングなのか若年層が目立つ。

意外といえば意外だし、これが当たり前の景色なのだといえばそうとも言える。

何が言いたいかというと、若年層の投票率は毎度のように低く選挙離れだと言われているから意外と若年層も投票会場にいるのだと感じた。

果たして一概に若年層と括って良いものか。

引用:衆議院議員総選挙における年代別投票率の推移

上のグラフは総務省が出している衆議院議員総選挙における年代別投票率の時系列の推移

年代別の人数を100%とした時に、その年代の何%が実際に投票したのかということが数字に現れている。

地方自治の都知事選と比較するべきではないものの、選挙離れに関しても何の選挙かという指示もないため今回の例に出す。

このグラフから分かることは、

ある一定の年代層で選挙離れを語るのなら、年代別のグラフが時系列でバラバラにクロスしていてもおかしくないが、(単純に毎年のように年代は入れ替わるから。)

全年代が同じように間隔を一定に保ち上下に変動していることが分かるため、ある一定の年代層が選挙離れしているとは言えないことが読み取れる。

確かに高齢であるほど投票率は高いが、離れていっていると解釈するのはミスリード。そもそも定着していないのだから。

年代別で区切った時に、いつの時代も投票率が少ないことから若年層は投票しに行く機会を作るのが上手ではないのと、単純に選挙への意識が低いのでは?と類推出来る。

参考にした資料

公開質問表:tbsradio.jp
年代別投票率の推移:soumu.go.jp

自責か他責か。有権者の意識レベルには、そこに深い溝が存在していると思う。

4年前の都知事選のことをはっきりとは覚えてはいないけど、今回の選挙に興味を持っている人が感覚値だけど多いように感じた

選挙に関して話題にならなかったり、投票日がいつなのか理解していなかったりする人たちが明らかに減ったように感じるのは、

4年が経過した僕の環境が変化していることが要因だと推測できるが、

やはり世界的大流行で大きな問題になっているコロナが大きな影響があったことは無視できない。

その上、メディアで大きく取り上げられている開催の危機に迫られているオリンピック問題も選挙や地方自治に興味や関心をこれまで持っていない層にも届いた要因だと考えられる。

(オリンピックに関しては、日本の決断というよりはIOCによる判断が大きいよなぁと遠い目をして観察している。)

新型コロナウィルス感染拡大を受け、4月7日に政府(内閣総理大臣)は7都府県に非常事態宣言を発令した。

非常事態宣言が出されたと言うことは、つまり国がひとまとめに国民に指示を出すには無理があるから、対象地域の地方自治体(都道府県知事)が法律に基づいて、感染防止に必要な協力を要請・指示ができる力を持つと言うことだ。

このタイミングで行われた都知事選、都民の燃え滾る期待と言うエネルギーをそのまま投票結果に表せられる絶好の機会になるのではないかと勝手に思っている。

つまり、有事にさらされることなくただ時間だけが過ぎていく毎日の中で行われる選挙と、非常事態宣言が解除直後の選挙では、投票に対する思いや選考する時の情熱が投票率や投票結果に影響を与えるのではないか。

冒頭に書いた他人に任せっきりの民主主義を放置して社会に希望を持てない人、自分の思い通りにいかない政治に真面目に向き合うのが馬鹿馬鹿しいと考えている人、

まずは自分事として有権者として責任を持って建設的に判断する人が増えたら良いな。という希望。